資産運用
令和5年10月より地域別最低賃金が改定されます。
厚生労働省によると、今回の改定により時給の全国加重平均額は961円→1,004円に引き上げとなり、ようやく時給1,000円の大台を突破することになります。
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<参考>
厚生労働省ホームページ『令和5年度地域別最低賃金改定状況』
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さらに、報道によると、岸田総理は「2030年代半ばまでに全国平均時給1,500円を目指す」と持続的な最低賃金の引き上げを宣言したとのこと。
もっとも、主要国の最低賃金は2023年現在で既に1,500円(23年9月の為替換算)を大きく超えており、オーストラリアでは2,000円超の水準です。
20年前には日本の最低賃金の半分ほどだった韓国が日本の最低賃金を上回ったことも、少し前に話題になっていましたね。
こうした状況を鑑みれば、「いまの主要国の最低賃金に、あと10年~20年かけて追いつく」とは、何とも情けない目標に感じた方も少なくなかったのではないでしょうか。(私もその一人です・・・)
そして、もう1点。
実はいまの日本の制度設計においては、なんとか最低賃金を引き上げても、国民生活が豊かになりにくい決定的な欠陥があることをご存じでしょうか?
本稿では、最低賃金の引き上げに伴い、避けては通れないはずの現状の制度設計の問題点について、分かりやすく説明していきます。
最低賃金引き上げの恩恵を受けやすいのは、パート・アルバイトなどの短時間労働者です。(正社員などの場合、時給換算した給与は、元々最低賃金よりも高いことが多いため)
そして、こうした短時間労働者の中には、1年間の給与総額を一定金額以下に抑えようとする方が少なくありません。
日本の税・社会保険の制度設計上、年間の所得金額が一定額を超えた場合、急激に個人または家計全体での所得税・住民税、あるいは社会保険料の支払いが増えてしまい、結果として手取り収入(給与から税金・社会保険料を支払った後の金額)が減ってしまうことが起こりうるからです。
いわゆる「年収の壁」問題というもので、多くの方は自分自身に所得税が課税される分岐点の「103万円の壁」、または社会保険への加入が必須となる「130万円の壁」を意識して、1年間の給与総額がこれを超えないように、勤務シフトを調整しながら働いているという実態があります。
※年収の壁については、過去に詳しくご説明していますので、よろしければ本稿と合わせてご参照ください。
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<参考>
『改めて知っておきたい、税制改正後の5つの「年収の壁」について』
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たとえば、現在の最低賃金である時給961円で働きながら、「103万円の壁」を意識してシフト調整している方がいたとします。
この場合、逆算すると月間平均労働時間は89時間が上限です。
この方の時給が1,004円になった場合、同じペースで働くと年収は約107万円となり、「103万円の壁」を僅かに超えてしまいます。
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<計算式>
時給961円×月89時間×12ヵ月≒102.6万円
時給1,004円×月112時間×12ヵ月≒107.2万円
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年収が大きく増えた結果ならまだしも、年収が4万円増えただけで所得税が発生したり、場合によっては世帯主の勤務先などから支給される「配偶者手当(家族手当・扶養手当)」等の制度から外れたりでは、とても割が合いません。
そのため、短時間労働者の多くは、実際には「所得を増やす」のではなく「シフトを減らす」ことが予想され、この規模の最低賃金引上げでは、なかなか国民全体の所得引き上げには直結しないと考えられます。
では、労働者が「シフトを減らす」ことを選択した場合、どの程度の影響が生じるでしょうか。
先ほどの例でいえば、月間平均労働時間を89時間→85時間に減らせば年収はほぼ同額となるため、計算上の影響は「月4時間程度のシフト削減」となります。
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<計算式>
時給961円×月89時間×12ヵ月≒102.6万円
時給1,004円×月85時間×12ヵ月≒102.4万円
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労働者目線で「月4時間」が大きいのかは意見が割れるかもしれませんが、特に短時間労働者を多く抱える事業者目線では、この負担は決して小さくありません。
たとえば20人の短時間労働者を抱える事業所であれば、最大「4時間×20人=80時間」分もの労働力が失われる計算で、その補填として短時間労働者を新たに雇用したり、正社員を増やしたりといった対応が必要となるからです。(新たに人を雇うには募集の手間やコストがかかるうえ、人が増えればマネジメントの負荷も高くなりますね)
そもそも、昨今の物価上昇の大半は、原材料費などの高騰を理由とする「コストプッシュ」によるものであり、賃上げの原資を捻出できるほど価格転嫁が進んでいない事業者が多いと言われています。
事業者にとっては利益が増えないなかでの賃上げだけでも大変ですが、その賃上げによって不足する労働力の補填も必要となれば、まさに泣きっ面に蜂。
大変厳しい局面にあることは是非理解しておくべきだと思います。
いかがでしょうか。
このように、最低賃金を数十円単位で引き上げた程度では、短時間労働者の所得は思ったほどは増えず、ともすれば事業者負担ばかりが大きく増えてしまう結果を招きかねません。
対策としては、特に短時間労働者を多く抱える事業者への一層の支援を前提とした賃上げペースの加速、そしていまの税・社会保険制度の抜本的な見直しが必要だと思われます。(もっとも、いまの政府方針は短時間労働者にも社会保険加入を促すいわば「逆方向」の政策に熱心なようですが・・・)
最低賃金の引き上げによって、日本の生活が豊かになったと実感できる日は、果たしてやってくるのでしょうか・・・。
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