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7月25日、厚生労働省の中央最低賃金審議会は、2024年度の最低賃金について、過去最大となった昨年の全国加重平均額43円を上回る、50円の引き上げを目安とするよう答申しました。
今後は、各都道府県において、この答申を目安とした地域最低賃金額の検討・決定が行われ、10月1日以降に順次最低賃金が改定されることになります。
このまま順当に賃上げが実現した場合、全国加重平均の最低賃金は時給1,004円→時給1,054円となる見通しで、最も時給の高い東京都では1,156円となります。(昨年度の地域別最低賃金の発表は8月18日でしたので、本稿がレアルメディアに掲載される頃には発表済かもしれません)
昨年に続く、今年の大幅な最低賃金の引き上げによって、私たちの生活は本当に楽になるのでしょうか?
本稿では、最低賃金の引き上げによる今後の影響について、分かりやすくご説明していきます。
そもそも最低賃金を定める目的は、どこにあるのでしょうか?
最低賃金を定める最低賃金法第1条には、その目的に関して以下のように記されています。
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<最低賃金法 第1条>
この法律は、賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする
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つまり、最低賃金を公定する目的には、①労働者の生活の安定、②労働力の質的向上、③事業の公正な競争、④国民経済の健全な発展、の4つがあるということです。
しかし、現在の最低賃金1,004円という水準では、仮に、月20日をフルタイム労働(一般的な正社員と同じ労働時間)した場合でも、月収は約16万円(1,004円×8時間×20日)、年収では約193万円にしかなりません。
フルタイム労働で月収16万円、年収193万円では、とても「①生活の安定」が叶わないことは明らかで、これが実現しなければ②~④の目的が達成できるはずがありません。
さらにいえば、時給1,004円は全国加重平均額であって、実際に時給1,000円の大台を超えたのは、東京都・神奈川県・大阪府・京都府などの8都府県に過ぎません。
逆に、岩手県や沖縄県など12県では時給800円台に留まっており、過去最大となった昨年の引き上げ幅を以ってしても、法の要請に基づく水準からは、ほど遠い状況にあるといえましょう。
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<参考>
厚生労働省ホームページ
『地域別最低賃金の全国一覧 令和5年度地域別最低賃金改定状況』
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では、この状況は、今年の最低賃金引上げを受けてどう変わるでしょうか?
全国加重平均額の時給が1,054円に上がったとして単純計算すると、月20日をフルタイム労働した場合の上昇額は、月収で約16万円→約16.9万円、年収でも約193万円→約202万円です。
実際には天引きされる所得税・住民税及び社会保険料も増えるため、実際の手取り額ベースでは殆ど誤差のような上昇にしかなりません。
地域別でみても、今回の引き上げによって新たに時給1,000円を超えるのは、北海道・静岡県・広島県など8道県と予測されており、依然として都道府県の過半数では時給900円台に留まる見通しです。
つまり、大半の労働者にとっては、残念ながらこのレベルの賃上げでは“焼石に水”であることが分かります。
参考まで、岸田政権は、物価上昇を上回る持続的な賃上げを実現するため、「2030年代半ばまでに時給を1,500円に引き上げる」ことを目標に掲げています。
さすがに時給1,500円まで引き上げできれば、額面ベースの月収は現在の約16万円→24万円、年収は約193万円→288万円となり、殆どの方が体感できるレベルで収入は増加します。
しかし、一方では日本銀行が目標とする物価上昇率2%が続くと仮定した場合(足元は2%以上の物価上昇が続いています)、2030年代半ばには物価も1.2倍~1.3倍に上昇している計算で、増加した賃金の大半は物価上昇で相殺されることが予測されます。
このように考えると、政府の本音としては、最低賃金の引き上げによって、労働者の「生活の安定」を叶える考えはハナからないのでは?と疑ってしまいたくなりますね・・・。
もう1点、本来は最低賃金引上げとセットで実現すべき、「年収の壁」問題を忘れてはいけません。
年収の壁とは、いわゆる「103万円の壁」「130万円の壁」といった、所得税・住民税や社会保険料の支払いが生じる(または増える)分岐点のことで、たとえば年収129万円の場合と、年収131万円の場合を比べると、129万円の方が手取りは多くなるといった“逆転現象”が生じることがあります。
これを防ぐために、年末はシフトを減らすなどして「年収の壁」を超えないよう調整する方が、現実に多くいらっしゃるわけですが、現在のところ、最低賃金の引き上げに伴う、「年収の壁」の引き上げは実施されていません。
そのため、このままではいくら時給が上がっても、元々「年収の壁」を意識して働いていた方にとって「年収が上がる」ことはなく、「さらにシフトを調整する」という結果に終わり、法の主旨を実現できないばかりか、いたずらに企業の人材不足を助長することになりかねません。
ちなみに、政府はこの課題に対して「年収の壁」を引き上げる方向ではなく、“社会保険料の支払対象者を増やす”ことで、実質的に「130万円の壁」を取り払う方向で検討を進めています。(年収130万円以下に抑えても、年収130万円を超えたときと同じ社会保険料負担が発生するということです)
これでは、いくら最低賃金が上がっても、なんらの労働者の「生活の安定」に繋がらないことは明白です。
物価高騰と社会保険料負担の増加・・・、これを上回る最低賃金の大幅な増加こそが、いま求められているはずなのですが、今回の最低賃金引上げを見る限り、まだまだ先は長そうに思われます・・・。
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